横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)873号 判決 1976年2月27日
原告
森タヨ
外四名
右五名訴訟代理人
沼野輝彦
外一名
被告
破産者マーベル株式会社破産管財人
山内忠吉
外一名
右二名訴訟代理人
長瀬幸雄
主文
被告らは、原告森タヨ、森眞一、森日出子、森正人に対し別紙目録記載(1)の建物のうち同目録記載(2)の土地上にある部分を収去して右土地を、原告角津弥七に対し右建物のうち同目録記載(3)の土地上にある部分を収去して右土地をそれぞれ明け渡し、かつ、昭和四九年四月一日から右土地明け渡し済みに至るまで、原告森タヨ、森眞一、森日出子、森正人に対し一か月金一万一五一円の、原告角津弥七に対し一か月金一万二八七〇円の各割合による金員をそれぞれ支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は原告らが金一五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一本件(1)建物が本件(2)(3)土地上にまたがつて建てられており、訴外会社がこれを所有していること、昭和四一年一一月二日、横浜地方裁判所において、訴外亡森金蔵と訴外会社間の建物収去土地明渡請求の訴訟事件に関し、金蔵は同日訴外会社に対し本件(2)土地を普通建物所有の目的で、期間を昭和四一年一一月一日から二〇年として賃貸すること、ただし、訴外会社が賃料の支払いを二か月分以上遅滞し、もしくは他の債権者から強制執行、保全処分、競売を申し立てられ、あるいは破産宣告または国税滞納処分を受けたときは、金蔵から訴外会社に対する何らの通知、催告を要しないで右賃貸借契約は解除され、この場合、訴外会社は金蔵に対し直ちに本件(1)建物を収去して本件(2)土地を明け渡す旨の和解が成立したこと、そして、これと同時に、原告角津弥七は訴外会社に対し訴訟外で本件(3)土地を右と同一の約定で賃貸したことはいずれも当事者間に争いがなく、原告森タヨは金蔵の妻で、原告森眞一、森日出子、森正人はその子であるところ、金蔵が昭和四四年九月五日死亡したので、相続により右賃貸借契約上の賃貸人の地位を承継したことは弁論の全趣旨によつて明らかである。
そして、その後、訴外会社が訴外大黒電線株式会社ほか三一六名の債権者に対し計金一〇億二四七八万四二二一円の債務を負担して支払不能に陥り、昭和四九年四月一三日、横浜地方裁判所において破産の宣告を受け、被告らが破産管財人に選任されたことは当事者間に争いがない。
ところで、一般に賃借人が破産宣告を受けると、その後の賃料の支払いが困難となることが予想されるので、賃貸人との信頼関係が根底から揺振られることは容易に推認し得るところであるが、賃借人が破産宣告を受けたからといつて直ちに賃料債務が不履行となるわけではなく、その後も賃借人が賃借権を確保するために万難を排して賃料の支払いを継続し、あるいは担保の提供を申し出て賃貸人との信頼関係を保持しようと努めることもないとはいえない。のみならず、建物所有を目的とする土地の賃貸借は借地法により強い法的保護が与えられ、今日では借地権は相当の価値をもつ独立の財産権として取引の対象とされていることを考えると、事情の如何にかかわらず、賃借人が破産宣告を受けると、賃貸借契約が当然に解除される旨の当事者間の約定は、実質的に賃貸人が不当に利得する反面、賃借人にとつて苛酷な結果となることは否めない。したがつて、このような約定は信義則に反し無効と解するのが相当であり、このことは右約定が裁判上の和解によつて成立した場合でも同様である。
二つぎに本件(2)(3)土地の賃料が当事者間の合意で昭和四八年四月以降本件(2)土地につき一か月金一万八一五一円、本件(3)土地につき一か月金一万二八七〇円と定められたことは当事者間に争いがなく、昭和五〇年六月二日の本件第六回口頭弁論期日において、原告らが被告らに対し、五日以内に昭和四九年四月分から同五〇年五月分までの賃料として原告森タヨ、森眞一、森日出子、森正人に対し金二五万四一一四円、原告角津弥七に対し金一八万〇一八〇円を支払うよう催告するとともに、右期限までに支払わないときは本件(2)(3)土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは記録上明らかである。
そこで、被告らの抗弁について判断するに、原告らの右意思表示が、前記約定に基づいて賃貸借契約が解除されたことを前提として、原告らが建物収去土地明渡請求の訴えを提起した後、その訴訟上でなされたことは記録上明らかである。しかしながら、これは、右訴訟において被告らが請求の当否を争うので、これの認容されないことを慮り、予備的に延滞賃料の支払いを催告し、これに対する被告らの出方を見たうえで、原告らの態度を決しようとしたものであつて、この場合、被告らは、請求の当否を争う以上、賃料の支払いを拒絶し得ない立場にあり、催告に応じて被告らが賃料を支払つた後に、請求認容の裁判が確定した場合には、原告らは受領した賃料を不当利得として返還する義務を負うが、この場合にも被告らは右賃料に相当する使用損害金の支払義務を免れず、右賃料は使用損害金と相殺されて清算されるのが通常であるから、右訴訟が係属中に延滞賃料の支払いを求めることは必ずしも被告らに困難を強いるものではない。したがつて、原告らが右のような意思表示をしたことには何ら不法、不当の廉はなく、右権利の行使が濫用であるとする被告らの抗弁は理由がない。
したがつて、原告らと訴外会社間の賃貸借契約は催告期間内に賃料の支払いがないことを条件とする原告らの賃貸借契約解除の意思表示により昭和五〇年六月七日限り将来に向つて効力を失つたというべきであるから、被告らは、原告森タヨ、森眞一、森日出子、森正人に対し本件(1)建物のうち本件(2)土地上にある部分を収去した本件(2)土地を、原告角津弥七に対し本件(1)建物のうち本件(3)土地上にある部分を収去して本件(2)土地をそれぞれ明け渡し、かつ、昭和四九年四月一日から右土地明け渡し済みに至るまで、原告森タヨ、森眞一、森日出子、森正人に対し一か月金一万八一五一円の、原告角津弥七に対し一か月金一万二八七〇円の各割合による賃料および賃料相当の使用損害金(昭和五〇年六月八日以降の分)を支払う義務がある(なお、金蔵と訴外会社間には訴外会社が賃料の支払いを二か月分以上遅滞したときは、金蔵から訴外会社に対する何らの通知、催告を要しないで賃貸借契約は当然に解除され、この場合、訴外会社は金蔵に対し直ちに本件(1)建物を収去して本件(2)土地を明け渡す旨の裁判上の和解が成立していることは前記のとおりであるが、弁論の全趣旨によれば、その後金蔵もしくはその承継人である原告森タヨ、森眞一、森日出子、森正人は訴外会社が賃料を二か月分以上遅滞しても異議なくこれを受領していた節がうかがわれ、これによれば、その後右約定は当事者間で暗黙のうちに変更されたと解されるので、右のような和解が成立していても、原告森タヨ、森眞一、森日出子、森正人は右請求につき訴えの利益を有すると認めるのが相当である。)。
三よつて、原告らの本訴請求はその余の点に触れるまでもなく理由があるから、正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(大塚一郎)
<別紙目録省略>